創作小説とよもやま話のホームページ雑誌

月刊YOMOYAMA書院
YOMOYAMAニュース 第5回
『お花見日和』


麗らかな春の陽射の下、皆様如何お過ごしでしょうか?
和清です。
創刊号から何だか暗いニュースばかりだったので、せっかくの春だし、
たまには明るいニュースを…と思い立ったので、今月はお花見の特集です。

(・_・)エッ......?

「花なんかもう散ってるじゃねーか。ネタが無かっただけだろー」
ですって?


まあ、そう言わずにお立ち会い。(ネットでお立ち会いって言うのも変ですが…)
取りあえず読んでみてくださいな。
一応話のネタになるような事は書いたんで。σ(^◇^;)。。。


ではまず、お花見の歴史から始めましょうか。

そもそも『サクラ』という名前の由来には二つほど説があり、
一つは『サ』という言葉が古語では穀物の神様をさし、
『クラ』は神の座を意味するところから『穀物の神様が座る場所』という意味で『サクラ』と
名付けられた説。
もう一つは、神話に登場する桜の女神、木花咲耶姫(コノハナノサクヤビメ)の『さくや』が
『さくら』と変っていったという説。
木花咲耶姫とは『木の花(桜の花)が咲くようにように美しい女性(姫)』という意味だそうです。
また、木花咲耶姫は水の神様でもあります。

まあ、いずれにしろ桜は昔から農業とは深く係わり合いを持った花であり、
お花見の本来の趣旨と言うのも五穀豊穣を願った祈願祭だそうです。
カレンダーも無かった時代、桜の咲く時期、
つまり種蒔きしなければならない春という季節を知るのに桜は最良の目印だったようです。
豊作を願う農民達の願いと、農繁期に入る前の憩いのひと時のお祭り、
それがお花見の起源のようです。

一つの娯楽として桜を鑑賞する事は、神功皇后の時代(西暦170年頃)から行われていたようで、
持統天皇(西暦690年頃)が、当時から桜の名所として知られていた吉野山(奈良県)を訪れていた事が、
日本書紀の記述に残されています。
当時から桜の鑑賞は貴族達のたしなみだったようですが、当時は梅を愛でる中国文化の影響が強く、
梅を詠んだ歌と比べると古今和歌集や万葉集に残されている桜の歌は、
そんなに多くはないようです。
その頃にはまだ一般に知られる染井吉野は無く、山桜が主流でした。

平安の時代になると、山桜を都に植えて気軽に桜の鑑賞が楽しめるようになります。
『お花見=宴会』という形も、この時代からのようです。
最初にそれをやったのが嵯峨天皇(西暦800年頃)と言われています。
御所内の南殿に山桜を植えさせて宴を催したのが始まりだとか。

何だか優雅ですね。
上野の山のバカ騒ぎとは大違いです。(笑)

その後、お花見という文化は貴族から武士や庶民に浸透してゆき、
安土桃山時代(西暦1568年〜1603年)には豊臣秀吉が、吉野(奈良県)と醍醐(京都府)で
盛大なお花見を催しました。
ご存じの通り豊臣秀吉と言えば農民出身。
桜を見ていて農民だった頃が懐かしくなったのかもしれません。
ともあれ、それを切っ掛けに『お花見』は一層庶民に浸透してゆきます。

そうして江戸時代に入ると、お花見文化は一気に花開きます。
3代将軍家光が上野の寛永寺と隅田川河畔に桜を植えたり、
8代将軍吉宗が今の東京北区にある飛鳥山を桜の名所にしたり、
歌舞伎の世界では『花は桜木、人は武士』なんて言葉も生まれました。
桜の品種が区別されたのも、この時代からだそうです。
江戸後期に入ると、桜の品種改良も頻繁に行われたらしく、
皆さんご存知の『染井吉野』が生まれたのもこの頃だそうです。
当初は見事な桜の代名詞として『吉野桜』と呼ばれていたそうですが、
植栽地が江戸駒込の染井村だった事から『染井吉野』と呼ばれるようになったそうです。

そうしてお花見の風習は全国へと広がり、
桜は日本人には、なくてはならない花となったわけです。


さて、今や日本の国花にもなっているこの桜という花。

『学術的には実はバラ科に属する植物』

という事は結構有名な豆知識ですが、

『本来はあまり縁起の良い花ではない』

というのは、ご存じだったでしょうか?
今でこそ結婚披露宴などにも桜をあつらえた料理などを目にしますが、
昔は結婚式に桜などもってのほかだったそうです。
理由は、桜はパッと咲いてパッと散るから、だそうで‥‥(笑)
和清は物書きですから、桜と聞くと坂口安吾の『桜の森の満開の下』を思い出すのですが、
アレもおどろおどろしい話ですし、考えてみれば桜にまつわる話で明るい話と言うのは、
あまり聞いた事がありませんね。
それでも、なぜ日本人はこれほどまでに桜という花が好きなのでしょう?
一説には日本人独特の精神、

『破滅の美学』

というものが根付いているからだそうです。
話はズレますが、あの名作『フランダースの犬』。
あの話に泣ける日本人の感情と言うものが外国人、
特にヨーロッパの人には分からないんだそうです。
ヨーロッパの人達から言わせてもらうと、あの話は負け犬の話にしか感じられないんだとか。(笑)
『武士道とは死ぬ事と見つけたり』
なんて言葉もあるように、
破滅というものに対して『切ない』とか『美しい』とか感じるのは日本人だけのようです。
桜が舞い散る中で呑むお酒なんか最高なんですけどね。

さて、そんな桜ですが、皆さんご存じのように今年の桜は本当におかしな開花の仕方でした。
普通、桜前線というものは南から北上するものなのに、
今年最初に開花したのが関東。東京は統計上過去3番目の早咲きだったそうです。
九州、四国を後回しにして関東が先に開花するという逆転現象。
気象庁は慌てて開花予想を変えて、花見を予定していた人達も慌てて日程を変更して、
しかも花見するには寒過ぎると、日本中てんやわんやでした。
なんでも桜というのは、暖かければ咲く、と言ったものでもないそうで、
要因となるのは『冬から春に掛けての気温差』だそうです。
つまり、昨年の暖冬のせいで西日本の方では今年の2月になっても十分気温が上昇せずに、
あまり気温差が生まれず、
逆に東日本、東北の方では今年の2月から3月に掛けての気温差が開花を即し、
逆転現象を生んだのだとか。

そんな変な春の訪れ方をしたせいかどうかはわかりませんが、
今年はお花見に関連した事件が目に付きました。
最後に、和清が気になったそんないくつかの事件を記述しましょう。

【桜の名所吉野山で高齢者の事故が相次ぐ】
今や世界遺産ともなっている桜の名所、奈良県吉野山。
現在、この吉野山では相次ぐ高齢者の事故が問題視されています。
05年、06年などは崖から高齢者が転落して急死するという事故が起き、
去年は死者は出なかったものの、高齢者の急病者が相次いだようです。
原因には、日帰りの格安バスツアーに高齢者の参加が増えた事が背景にあると見られ、
バスで来て直ぐ入山、長時間歩き観桜、そうして体力が低下して急病、
というパターンが見られています。

〇吉野山の桜は約3万本、一目で千本の桜を見れる事から『千本桜』なんて呼ばれており、
高齢者の中には「吉野の桜が見れたのなら、いつ死んでもいい」なんて話す人もいるとか。
いやいや、そんな縁起でもない事は言わずに、体調には十分注意して、
千本桜の話を孫や友達に話してあげてください。
今年の事故の情報はちょっと集められなかったのですが、
事故が起きなかった事を祈っております。

【お花見の屋形船からボヤ騒動】
3月29日午後3時20分頃、
東京都品川区東品川の京浜運河若潮橋付近を運行中の花見客を乗せた屋形船から、
「火災が起き、船が止まらなくなった」との通報が東京海上保安庁に入りました。
屋形船は約9キロ自力走行した後、
同日午後5時10分頃、乗客乗員ら約40人は無事救助されました。
乗客乗員にケガ人は無く、消防庁によると出火場所はエンジン部分だったそうです。

〇いやはや、せっかくのお花見が台無しです。乗客の皆さん、この日を楽しみにしていたでしょうに‥‥
当然、お金は返してもらったでしょうが、そういう問題でもありません。
とりあえず、ケガ人が出なかったのは幸いでした。

【公園に男性の遺体】
3月30日午前9時15分頃、兵庫県尼崎市南武庫之荘にある「下沢公園」の植え込みから、
若い男性の遺体が発見されました。
遺体は膝を折り曲げた状態で幾重にも毛布に包まれ、
その上からロープが何重にも巻かれていたとのことです。
腐敗が進んでいた為、近くを通りかかった男性がその異臭に気付き交番に通報、
駆けつけた警察官が遺体を確認しました。
遺体の左胸には刺し傷があり、兵庫県警は殺人、死体遺棄事件と断定しました。

〇この事件、桜や花見とどう関係があるかと言うと、
遺体の発見現場の写真を見たんですが、桜が満開だったんです。
発見された植え込みというのは、どうやら桜の木の下の事のようで‥‥
『桜の木の下には狂気が潜む』
先程も紹介した坂口安吾の『桜の森の満開の下』そのままのような気がして、
恐ろしくなってしまいました。
現在、容疑者はすでに逮捕されており、自供もしているようです。

【酒好き和清、泥酔】
3月29日、埼玉県川口市在住、自称作家の和清氏(36)が、
夜桜見物で泥酔するという事件が起こりました。
泥酔の原因となったのは、妻の知人に振る舞われた三室割と呼ばれる酒だったようです。
三室割とは、その知人が育った地名『三室』にちなんで名付けた酒の割り方で、
割合は焼酎8、割物2、氷無しという割り方。
和清氏が言うには、それを飲んだ瞬間から記憶が飛んだとの事。
妻の証言によると、当人が記憶を失ってる間の和清氏の行動は次の通りです。

◇酒やおでんをひっくり返す。

◇自転車で転びまくる。

◇妻に「愛してるよ!」などと叫ぶ。

◇下半身丸出しでトイレで寝る。

まさに奇行の数々を繰り返したようです。
「酒は飲んでも飲まれるな。次の日は久し振りにソルマックのお世話になりました」
和清氏は苦笑を浮かべて、そう語りました。

はい、最後の事件は言わずと知れた和清自身の事件です。(笑)
桜は散ってしまいましたが、お酒を呑む機会は、これから先まだ沢山あると思います。
皆様もお酒の失敗にはくれぐれもご注意ください。(^_^;)

それではまた。

<広告>